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[C641] 少し違うよ。

2工は昭和24年まで正式学部です、その後生研に名前を変え怪力戦を医学用重量子線など平和産業中心になりましたが、マル秘研究は2の2で少数ながら続けていますよ、千葉直系は私一人になりましたが、アメリカ如きに負けている研究者はいませんよ。

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東京大学第二工学部


東京大学第二工学部東京大学第二工学部
(1987/03)
今岡 和彦

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東京大学第二工学部は第二次大戦中に作られた学部です。その目的は戦争遂行のために技術者を育成すること。もちろん戦後すぐに廃止されてしまします。
立花隆の天皇と東大を以前に読んだので、第二工学部の存在は知っていましたし、それが今日の生産技術研究所(駒場)の前身であることも知っていました。ただ、ちょっと興味が湧いたの手にとって見ました。

この本は第二工学部出身者の証言を交えつつ、学部設立から廃止まで、言い換えれば太平洋戦争の始まりから終結までを時系列に沿って描いています。軍部の思惑を大学が利用する形で短期間に開学までこぎつけたこと。とはいっても二中戦争で物資が足りず千葉の広大なキャンパス(現・千葉大学)に木造のみすぼらしい建物しか用意できなかったことなどが書かれています。ただ、そこで培われた野蛮な知性が現在の日本経済を牽引する力となっているのだという主張が繰り返し出てきます。日本を代表する企業の社長や役員に第二工学部出身者が多いというのです。
この本が出版されたのは1987年。日本が世界でもっとも尊敬を集めた時代だったことを感じさせます。
自分がまだこの世に存在しない時代のお話です。

はじめからちょっと強引なこじ付けが多いかな、でも読んでいて気持ちのいい文体だな、などと思いながら読んでいましたが、最後に著者のプロフィールを見て納得。週刊現代の記者でした。20年経っても週刊現代は変わらないようです。

工学部について書いているだけあって、戦争中の学生生活や、その直後の就職難についてもよく書かれています。そういった昔話だけでもおもしろいです。さらに技術がわかると日本が負けることなんて自明のことだったんでしょうね。日米の工業力の違いを第二工学部の学生や教授陣は強く感じているようでした。


この本が出されてから20年。日本経済は停滞を続け、日本は希望を無くしてしまいました。
「米国に太平洋戦争では負けたが経済でリターンマッチをした」という勇ましい文章が虚しく感じる平成23年です。
新しい技術を生む立場の学生として、日本の未来に対する責任を感じます。


※先輩からご指摘をいただきましたので、あわせてコメント欄もご覧ください。
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[C641] 少し違うよ。

2工は昭和24年まで正式学部です、その後生研に名前を変え怪力戦を医学用重量子線など平和産業中心になりましたが、マル秘研究は2の2で少数ながら続けていますよ、千葉直系は私一人になりましたが、アメリカ如きに負けている研究者はいませんよ。

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Author:othmer
下流社会から東大を目指した。
東京大学工学部卒業。
同大学院工学系研究科。

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私は乗り越えた。君にもきっと、できる。


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