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優秀だね、と呼ばれる悲哀

新入社員研修で、同期から優秀だねというコメントをもらうことが多くありました。
でも、これが嬉しくない。

優秀だという評価そのものは嬉しくあるのですが、その裏にある思いに残念な気持ちにさせられます。
優秀だねという言葉を発するときの表情の曇り具合に、あなたは私たちとは違う人なんですね、という心の壁を感じます。
ひとことで言えば、引かれている状態です。

学部卒の方たちからすれば、私は2年余計に大学にいたわけです。同じ修士卒の方たちからしてみれば、私はリベラルアーツという素晴らしい教育制度が用意された大学に通えただけです。
確かに、「東大卒は、優秀であることが当然視される」という東大の先生方の言葉を胸に刻み、普通の学生よりもたくさんの努力を重ねてきたという自負はあります。
しかし、研修で一緒になる同期たちもまた同等の学歴と経験、能力を持っている方ばかりなのです。
それほど大きな差はありません。

特に気になっているのが、グループワークをするとたいてい君の意見が採用されるよね、なんて言われたことです。
グループとして最大の成果を残すために、いくつもの意見を出して、他のメンバーの意見を取り入れたり修正したりしているのですが、それでも私の口数が多いせいか私の意見が通っていることにされてしまいました。あたかも私が周りの人々をねじ伏せているかのように。
議論というものは、意見を出し合い、批判を重ねることで、深みのある確かな結論を導けるのではないでしょうか。それをあたかも誰か一人の手柄のようにいうこと自体、私には不快です。みんなで作り上げていこうと考えている私に、その功績者の称号が与えられることにも不満です。
要は、「あなたたちもちゃんと意見を述べなさいよ」という不満を私は周囲に対して持っています。

こんなことになってしまったのは、私がアカデミックな議論の仕方をするせいなのかもしれません。博士の方たちや、同じく東大の理系の同期たちも、私と同じような不満・危惧を抱いているようでした。
このことから考えるに、短い言葉で容赦なく批判を重ね深堀をして、確固たる論理で意見をまとめていくような議論のスタイルは、本郷の文化であって、その外で使ってはいけないのではないかとも思えます(笑)
実際には、言い方の問題なのでしょう。相手が気持ちよく発言できるように、適切な言葉で議論を深めていけばいいのだと私は考えています。たとえば、「なんで?」「なんの意味があるの?」「目的は?」「対象は?」「価値は?」と矢継ぎ早に質問されたら、慣れない人は辛いと思うかもしれませんね。私のいた世界(ラボ)では普通だったのですが。
そんなことに最近気づけました。

同期たちとは、いい仕事ができたな、と言い合えるように、厳しさと優しさを併せ持った形で接していければと思います。
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Author:othmer
下流社会から東大を目指した。
東京大学工学部卒業。
同大学院工学系研究科。

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