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社会を変えるには



教育の機会均等に少しでも役に立てばと思ってこんなblogを書いているだけあって、私は社会を変えたい変わってほしいという考えを持っています。
しかし、どうすれば社会を変えることができるのでしょうか?

たとえば、デモをしたり署名を集めるという活動が考えられます。本書でも、原発反対を叫ぶデモが流行を超えて継続していることを取り上げています。
一方で、私は財政あるいは法的な裏付けのない政策が実行できるとは思えません。利害関係者を説得するような証拠と論理を示せなければ、わがままを言っているだけのように見えます。

このような考え方に対して、本書は批判しています。古代ギリシアから現代に至るまでの「民主主義」を俯瞰して、政治への参加している感覚、一体感が重要であることを指摘しています。

なるほど、政策の具体的で詳細な実現方法など専門家に任せておけばよく、大衆は政治に参加していること、ある決定が自分の少しでも関わりあるところでなされたという納得こそが重要なのでしょう。私はそのような考え方が好きではありませんが、結局のところ具体的なところは専門家に任す外ないのですから、本書の主張のほうが私よりよほど現実的です。

大衆が、専門家との議論に耐える対案を示すべきだという理想論。私がこのような考えを持つのは、自分の置かれている環境によるものが大きいと思います。
ひとつには、大学の友人の多くは官僚の卵として、いままさに政策の立案・実行に携わっており、専門家に近い立場にあるという点です。
また、本書でも放射線問題における在野の対抗専門家の活躍が取り上げられていますが、私も高等教育を受けた専門性を持つ人間であるということもあります。何か自分の専門に近い分野で問題が起これば、専門家としての立場から考え行動する能力があるはずです。
つまり、自分たちはデモのような形での政治参加とは異なった形で、社会に貢献できるという信念が、私の中にあることで本書の主張にやや反発を覚えるわけです。

さらに付け加えるとすれば、放射線の問題のように全ての国民にとって危険を感じられる事象については、合意形成から政策反映が達成できるかもしれませんが、一部の人に限られる問題についてはそう簡単にいきません。もちろん本書でも指摘されていますが。
デモによって、安全性が担保されるまでの原発再稼働は止められました。しかし、原発付近に住んでいた避難者への支援はどうなっているでしょうか。200 km彼方の原発から飛んでくる放射性物質でわずかに東京の放射線量が上がることは自分の問題なので活動するけれども、生活を奪われた避難者の方々の困窮は自分の問題でないから活動しない。もちろんあれもこれもはできません。ただ、デモだけでなく、NPOのような草の根運動で困難を抱える人々を直接かつ速やかに支援する必要は疑いようがありません。私が少しずつ寄付をしているのも、このような理由からです。
本書でも「スモッグは民主的」という言葉が出てきます。スモッグの被害は階級や立場に依らず、誰にでも問題となるということです。では、複雑化する社会の中で、全ての人ではなく一部の人の問題があちこちでこじれている中で、社会を変えていくにはどうしたらいいのでしょうか?

本書は民主主義とはどのようなものかと歴史的な背景を眺めながら考えるのにも便利だと思います。新書にしては少し厚いですが、ぜひ他人に進めたい一冊です。
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Author:othmer
下流社会から東大を目指した。
東京大学工学部卒業。
同大学院工学系研究科。

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